ポップライフワークスブログ

群馬県東毛地区、または栃木県ふくむ両毛地区周辺(板倉、邑楽、館林、太田、足利、佐野あたり)を中心にマルチジャンルの創作活動をしているインディーズレーベル「pop-life-works(ポップライフワークス)」のブログです。

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ブラティスラヴァ世界絵本原画展 17:55
 
 現在、栃木県の足利市立美術館でブラティスラヴァ世界絵本原画展が開催中です。6月30日まで。


 昨日は、一日だけ無料観覧の日という事で、遅ればせながら、見てきました。


 感想としては、世界レベルの絵本原画ということで、凄まじくレベルが高いという感じです。絵本なので、手法的にもわかりやすく、アイデアとして、こんなのがあったかーとか、これは真似できん技術だなとか、いろいろ感嘆する事も多く、為になりました。


 「イラスト」という観点から言うと、多分ほとんど現在の最高水準の原画が見られる機会なので、こちらの展覧会、まだ見てない方は、オススメです。


 展覧会では、いろいろな絵が集ってるので、一概にこういうテイストが良い!とかは言えないと思いますが、漠然とした「イラストレーション」の大枠を感じたりもして、やっぱり、こういうのは、アートとは方向性というか、目的というか、トレンドがだいぶ違うなーという感じもしました。


 たぶん自分の好みとしては、こっちのイラストレーションのテイストがど真ん中なので、ただひたすら、見てて、絵が描きたいなーって感じられる展覧会でした。また行けたら、行きたいなーという感じです。



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木下晋展 ー祈りの心ー 20:20
 
今日は、足利市立美術館にて行われている木下晋さんの展覧会に行って来ました。

木下晋展


(現地写真撮ってなかったのでチラシとチケットの写真)


絵は、かなり大判のものが多く、それを10Hから10Bという鉛筆のトーンで描いてるようです。(展示の中にハイユニで描いた鉛筆のトーンのみの展示もありました)


今日は、2時より対談もあったので、それも含めて、見てきました。


対談:木下晋氏(画家)×南嶌宏氏(美術評論家・女子美術大学教授)



お話も面白く、いろいろ為になりました。


個人的には、ご本人の話を聞くにつけ、絵における被写体と絵の関係みたいのを少し考えたりしてました。自分は、似顔絵は描きますが、ほとんど被写体に迫るような絵を描かないので、なんとなく、地元でポートレイトを撮ってる(仲の良い)内田さんの話なども思い出していたり。


作品も、やはり、対象との関係性の中で生まれて来るのかなと感じられる所もあって、すごい迫力を感じました。


また、遠目から見ると、かなりリアルな絵に見えるのですが、近くに寄って見るとそんなに写実的な描き方でもないというか、テクスチャーというか、なんというか巧く説明できませんが、キュビズム的にというか、ある種の構成的なトーンで肌の質感を表現してるような面も見受けられ、そこが面白かったです。ある意味ではデフォルメしてるのかなというか、対象をそのまま表現する為に全くそのままには描かないというか、そういった印象。


と、あんまり巧い事は言えませんが、大判で迫力のある絵ですので、お近くの方は是非、見に行ってみてください。


会期は、10月28日まで。


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阿部浩展@足利美術館を見て 21:56

昨日、ひめたまイベントのついでに見て来ましたので、ざっくりと感想を書いてみます。


内容は、全体的に幾何学的な構成の版画が多くて、かなりの点数があり、見応えがありました。


個人的に、最近、オールオーヴァーな画面設計に興味があるので、それをするにあたって、どのポイントを先ず優先したら良いのかとかを考えながら見てたり。


割りと日本人の方が近いという事なのか、日本人の作品は見てて作業工程が想像できやすいものが多くて、今回はその意味でも非常に参考になりました。


と言っても、リトグラフは、あまり知りませんが、会場に機材から何から展示してくれていたのも有り難かったです。手法による効果とか、やっぱり重要なんだなーとか。


絵は、全体的に抽象画っぽいですが、絵における無意識というか絵そのものが作家の手で産み出したものというより自律的に見えるような部分をどう入れるべきかどうかというのも、やはり重要なポイントなんだろうなーという事も思ったり。


作品で言うと、個人的には、最後の赤い作品群が好きだった感じです。


といった感じで、ポスターが良さげだったのでふらっと立ち寄っただけだったのですが、良い展覧会だったので楽しめました。


ちなみに、余談ですが、自分もそろそろ展覧会用の絵を準備中で、次回は、マンガでART展vol.6 「らくがきランド」というタイトルでやろうと思ってます。時期等、未定ですが、興味ある方はしばしお待ち下さい。前のvol.5とは全然ちがう絵柄になると思います。


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足利美術館「画家たちの二十歳の原点」 16:20
 
 13日までという事なので行ってきました。足利美術館。(あした明後日は、夢市だからね)


 結論としては、行ってよかったです。かなり良い絵がありました。


 とりわけ会田誠さんの作品と石田徹也さんの絵はすごい良くて感銘を受けました。てか、石田徹也さんの絵は、あんな大きいものだったんですね。今まで見た事あったような気がしてたけど、見た事なかったんだなー。「飛べなくなった人」はDOB君みたいなのが描かれてるのに気づいて、意外とそういうのも意識してたんだなーとか思ったり。


 全体的にも岸田劉生さんの作品とか、佐伯祐三さんの作品とか、良い絵が結構あるなーと思いました。松本竣介さんもあったし。かなりビッグネームが並んでるといった印象。


 ただ、こないだの館林美術館の時も思いましたが、昔の絵は少量見ても、ちと苦しいなーという感じはしてしまいます。特に二十歳のものだと言われても、あまりピンと来るところもなく、前後があって二十歳とか、そういう形で見たかったなーとそういう感想も無きにしもあらずではありました。物量の問題で無理でしょうが。


 全般的に、こういう展覧会は物量が足りないというか、総覧的になってしまうので、食い足りない感は激しく持ってしまうかなと。


 特に古い絵は体系的に見ないと見えてこないと思うので、なかなか2〜3枚で何をやりたかったか把握するのは難しいなーとか思いました。最近の絵は、文脈自体、把握できるので何やりたいかスッと分かる感じはするのですけど。


 とはいえ、良い絵が結構あったので単純に見て楽しかったです。やっぱり、現代のものの方が自由な感じはするというか、アカデミックな呪縛から解き放たれてるというか、そういうものを集めたのか、そういうものこそが評価されるようになってるのか、そういう感じです。


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プラティスラヴァ世界絵本原画展 17:38
 
 足利美術館にて。毎回やってくれてますが、地元で世界最高峰のイラストレーションが見られる貴重な機会です。今週中という事で無理矢理、今日行ってきました。


 で、今回の内容ですが、基本的には、東欧の選考らしい絵が並んでいるなーというか、そういう感じでした。


 この展覧会も割りと何回も見るにつけ、なるほど、こういうのが賞を穫るんだなというのが見えて来た感もあって、その枠をオーバーするような作品を今回は感じなかったかなという気はします。


 逆に言うと、日本にいてイラストレーションを考えるとき、東欧、北欧の影響というのは外せないタームだろうと思いますが、そういうのと、pixivのような世界観の距離感も想像したりしつつ、「現代のイラストレーション」というのは、どうあるべきかな?と考えてはいました。黒田潔さん、この原画展で賞穫れるのかな?とか。中村佑介さんでもいいけど。


 全般的に、原画の作品レベルはすこぶる高かったです。それぞれの作家の色々なアイデア(技)を堪能させて頂きました。


 とはいえ、今回は、併設として、チェコのもの中心の人形展もやってたのですが、こちらの方が自分には面白かったかもしれません。


 というのも、展示の方法というのもありますが、割りと人形の飾られ方に民芸的なにおいがあって(というか、この人形劇自体、民芸なのだと思いますが)、ローカルで芸術をやる時のある種の匂いと言うか、逞しさみたいなものを最近、すごく意識していたりするからです。


 それは、ある種、スネークセンターという全くアートと関係ない場で展覧会をやる事と無関係でもないのですが、今後、準備をしている路面型のギャラリーに関しても「そういうもの」が出来るのではないかなーとちょっと想像したりはしています。温泉地の秘宝館的な想像もふくめて。


 ・・・と、そういう先の話はともかく、しかし、とりあえず今いまの展示方法について、色々と勉強になるような展覧会でもありました。絵本が直に置いてあるのも良いなぁというような。そういう面もあったり。高尚という事と低俗という事の訴求力についても想像してみたり。



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話の話@足利美術館 18:16
 
 生徒さんの都合などもあり、水曜イラスト教室をお休みという事で、急遽、行ってきました。仕事の諸々もある中すいませんという感じですが、これを逃したら後悔しまくる!!!という事で強行軍。ノルシュテイン!!!


 とりあえず感想としては、やってる事の構成が複雑すぎて、絵を見ていて、まるで自分で絵を描いてる時のような感じで、頭の中がぐわーってなりました。絵を見ながら、構成を想像すると、こっちがこうでこうで・・・うわー!追いきれない。頭そこまで回らない!みたいな。


 やはり、アニメ作家はメモリー多く無いとムリなのかなとも思いましたが、まあ、最高峰のプロの手練という事でしょうか・・・


 しかし、構成の複雑さが絵画より分かりやすいので、そういう感想になったような気もします。絵のアウトプット法がアニメという目標あっての事かなと。


 そのへんは、男鹿和雄さんの絵を見た時も思いましたけど、目的がはっきりしてるので普通の絵より力が強いなと。普通の絵より訴える力を感じるというか、じゃあ、普通の絵は何だよ!って感じもしますが。やっぱり、コンセプト立てがはっきりと必要という事なのかもしれない。何かが漠然としてないなと感じました。


 まあ、単純にこれが世界最高峰レベルの力という事なのかもしれません。正直に言って、いままでノルシュテインさんのアニメは何度も見てきましたが、ヤールブソワさんは認識していませんでした。お恥ずかしい。大変な画力ですね。すごいものを見させて頂きました。


 あと、外套、やっぱ、すごすぎます。すごすぎでしょ、あれ。



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リチャード・ゴーマン展@足利美術館 17:27
 
 今日はイラスト教室@ジェラートの丘(館林駅前通り)の無事の開催のあと、自転車で足利へ。めっちゃ遠かったです・・・リチャード・ゴーマン展。最終日だったらしい。


 最近、抽象画づいてるので見た感想としては、う〜ん。分からん。でした。


 いや、やりたい事はなんとなく分かるんですが、どうなんかなーと。まあ、意味が無いという意味があるなーとは思うんですけど、形の組み合わせとかは抽象画というよりはイラストレーションというか、頭先行な感じがするので、その頭先行なところの読みを誘発する割にそんなにそれが深遠をついてない感じでむず痒いなーという感じでした。まあ、深遠をつかないように注意を払ってあるんだと思いますが、でも、それ何?みたいな。まあ、それ何?も目的な気がしますが。


 とりあえず、感想としては、まず2010年の最新作を見た感想が、昔の作品かーという感想だったので、それはどうなんかなーと。塗りも雑っぽいし。形の組み合わせとか、普通に美術の授業の中でやるような感じのポスターカラーっぽさもあって、いやー、どうなんだろう。ある意味すごいなーとは思うんですが、そのある意味に意味があるのかという・・・


 と思ったんですが、しかし、2002年の「Mims」という作品。これはもう超絶傑作だと思いました。これは素晴らしかった。イラストレーションっぽいけど、イラストレーションとして見ても、超一級品だし。そのまま飾ってももちろん良いし。いや、これを見ると、やっぱり、最近の作品は、ある種の手抜きというか、それは悪い意味というよりも手が抜けてるって意味でもあるんだけど、そういうルートで見ると、なるほどなーっていう所も感じなくもなく。達観の境地と言いますか。もしかして背景の連なりを見ると、なるほどなーって所があるのかなーと。美術の場合、そういうのも有りでしょうしね。なかなか味わい深い展覧会でした。


 あと、版画とか北欧っぽい感じのテイストとかは、そのまま受けそうな感じだなーとか。やっぱり、全般的にイラストレーションぽい印象ですね。


 それはそれとして、同じ足利のC&Bにも行ったのですが、ほんのちょっとの入れ違いだったらしく、トモコロ個展、見れませんでした。残念。惜しい。しかし、フリーペーパーはようやく読ませて頂きました。あと、自分たちのクリスマス展のDMも置いてもらいました。ありがとうございます。足利の皆様どうぞよろしくお願いいたします。



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MASKS@足利美術館 17:13
 
 どうも。ナガモトです。今日はお日柄もよかったのでサイクリングがてら足利美術館に行って参りました。正直、全く期待してませんでしたが、大層おもしろかったので、そのご感想など。


まず、その前に最近、自分の中で絵の評価の問題として、保存の問題は重要だなと感じるところがあります。これは端的に傑作が出来ましたら、その絵を残したいというのが人情でしょう。であるならば、その絵の保存したいかどうかの自他の評価は、それがそのまま絵の評価につながるのではないでしょうか?というような単純な感想であります。


しかし、その原理は単純ですが、それを至って単純にさせないのが人の世であり文化なんでありまして、つまり、何が言いたいかというと、この世の中で作品を保存する為に一番良い方法というのは、美術館に収蔵される事でしょう。それも由緒正しき歴史ある未来永劫つぶれそうもないルーブル美術館とかMOMAとかそういう所に収蔵されると良いですよね?というのが良いでしょう。


では、さて、果たして、であるなら、自分はそこに収蔵されて胸を張れる絵を創れましょうか?というのは、とりあえずの画家の試みの一つの価値基準にはなりましょう。逆に言うと、保存の問題がどうでもいいという作家に置きましては、それは単なる独立独歩で他人は関係ないの類か、そもそも絵に評価は無い。フラット。という考え方なのかどっちかだと思います。それが悪いという話でもないです。


と、こういう事は要するに、もう一つは絵を描くと絵に宿りがちな宗教性の問題が絡むという事のようにも思います。宗教性と言っても、これは現代最強の世界信仰たる貨幣経済の問題などとも切っても切り離せないそういう広い意味での信仰のお話です。まあ、そうした信仰と絵とは無関係ではいられないし。何故なら、それは絵が文化のタネだからで、結局は、その好き嫌いすらも信仰の問題と無関係ではいられますまいというのが、とりあえずの自分の絵を描いての意見です。


ちなみに自分も自分の人生の教義たる唯識思想こそが絵の評価を決定づけているといった面が少なからずありますし。但し、当然の如く、同時にグローバル貨幣経済の思想も自分の観念を同時に幅広く決定づけていくのも当然なのです。それが現世でしょう。


というこうした事の表現をパースペクティヴにしていくにはどうしたらいいか?それは当然、その延長に色や造形以上にマチエールの現場主義的神秘性に関わる問題があると言えます。ここでようやく絵の話が若干具体論に入っていけるわけです。


前置きが長くなりました。で、この美術展なのですが、この展覧会が面白かったのは、そこに名前がない事です。作家名がない。代わりに宗教的価値が高いものが多い。古代の美術は大体、宗教的価値から立ち上がってるものではありますが、そうだとすると、その価値もまた当時の文化の参照点として、美術館が大切に保存すべきものなのでしょうか?これは博物館の仕事でしょうか?


という境界上に「美」の問題は存在していて、今回の展示で、とりわけ13世紀の能面はすごいな。天才の所行だ!と感じられたのですが、そこに作家名がありませんものを天才の所行だとするのは、果たしてそれはどうなんでしょう?という面も無きにしもあらずです。


というのも、当時の文化を詳細に検討できる目利きでないとこれが当時の文化のポジションとしてどうなのか、いやさ天才のレプリカであるかオリジナルかどうであるかも「保存の問題」として、その因果関係が分からないし。そういった事を知らなければ、レプリカでも充分、人は感動できるからです。


というような簡単な一面も一応、技術論をベースとしない芸術の観念において間違いなくあります。技術的に人類のフルスペックをやるのが芸術なのか?違うだろう?という事です。という時に「個人」ないし「個性」は立ち上がって来るのが近年の美術です。なれば、そこに真贋は重要です。が、しかし、果たして、それはインターネット時代のフェアユースの概念と立ち向かってどうなんでしょう?或いは、作品主義から言って、ぱっと見て良いものが良いと言うならどうなんでしょう?という13世紀からの問題提起と現代の問題提起のこんにちわ!がこの展示を見ての自分の一番の感想です。


というのと、もう一つの問題にアフリカンアートの存在です。アフリカンアートと言っても、ここで飾られてる作品は厳密にはアートではないです。部族のアイテムです。であるなら、それは厳密にはアートではないけど、しかし、欧米的視点から見れば、アートなのかもしれないし。単純にピカソの元ネタと考えるとアートの世界にこんにちわ。という面があるのも否定できません。


という意味において、基本的に現代においてもアフリカの部族は、世界的な貨幣経済の余波から全くの無縁だとは言いませんが、しかし、日本人のそれにおきますよりは縁が遠いという事は言えましょうから、それはどうでしょう?


その中での創作と言うのは、一体、何を根拠にやっているのか?これは一つのポイントでしょう。まず優劣はあるのか?あるとして、その優劣の判断は何か?という問題です。


個人的に人間に霊性といったものはあると思います。と言うと、オカルトか!と言われそうですが、そういうわけでもなく、まあ、単純にまだ科学では把握できない未知の因子が相当数細かく人間の世界にはあるだろうというような事です。なので、絵の評価もそれこみで未来予知すべき点はあるのではないか?とか、そこを把握できる感性こそが重要なのではないかとか。その為には歴史の参照も必要です。という現実主義も必要ではないかとか。


とはいえ、基本的に、霊性をふくめて絵を描く、或いは、ものを創るという行為で拡張できる、或いは、言語以外のもので把握する。といった事は何分、言語以外の事でやってるので、ここでは、それを全く説明できません。なので、それは単なる錯覚かんちがいの類である事もまた同時に否定出来ません。出来ませんけど、それに賭けるか否か??賭けるならば、それが否定されても一向に気にならないのも事実です。それが信仰です。ヤバいかもしれない。というエッジに立つのが芸術家の役目でしょうか?


と話が脱線して長くなってしまって、あさってすぎるので、では、この展覧会の結論を書きます。そんな事はともかく、単純にこの展覧会、見てぱっと面白かったです。以上。


ではでは。あと、立体と平面の関係とか、マチエールの問題に関しても色々おもった事があったんですが、めんどくさいので、それは、あとで文フリ用に書いてる「絵について」の文章に譲って、ここはこのお話の方はこれにて閉めさせて頂きたいと思います。ちなみに、その文章、文フリ用と言っても、それをその前にパブーかどこかで電子出版したいとも思っていますので、そん時はよろしくお願いします。100円だと思います。


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多和圭三展 19:33
 
用あって足利に行って来たので、ついでに美術館も行ってきました。今日やってたのは、多和圭三展「鉄を叩く」という事で、鉄のオブジェがメインの展示でした。


絵じゃないのでどうかなーと思いつつ見ましたが、すごい面白かったです。特に一階に関しては展示の仕方もよくて、一個だけあったレリーフがぽつぽつと置いてある「もの」に負けてしまってるように見えて、絵画なーとか考えさせられます。空間は強いんかなーとか。あと、目で質量、感じられるなーとか。触りてーみたいな感じでした。(ちゃんとそれを想定して、入場のとき、触らないでくださいという紙をくれます。ありがとうございます)。


年代的に「もの派」なのかなー?とか思いましたが、あとで調べたらそうでもないみたいですが、自分は「もの派」の時代を想起してしまいました。でも、とりあえず、評論家の峯村さんの定義した作家には入ってないし。年代的にもちょっと後でしょうか。


図録を読んでたら、「もの」という言葉は結構使われてましたが、「もの派」という言葉は一個も使われてなかったと思うので、そのへんはアートによくある扱いが繊細な感じのところなのかもしれません。よく分かりません。


あと、ビデオを見ていたら、大学で制作しているという事だったので、それは作品を見た感想と全然ちがったので、結構、意外でしたが、作品は知的な感じはするので、それはそれでそうかーというような感じを思いました。というより、そもそも美大のシステムがよく分かってません。先生って現役の作家がしてるもんなんですね。当たり前か。


そんでもって、本日は作家さん本人によるトークがあったらしく、それには時間が丁度ずれて聞けませんでしたが、帰り際、作家さん本人と生徒さんらしき人も結構いたので、うわー。足利に美大生がー。みたいな感じになって、そうなる自分もどうかと思いました。


あと、この展覧会とか「もの派」あたりについては、時間があれば、絵カフェでも話したいなーとかも思いました。そんな感じでした。しかし、今日も蒸しますね。





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